『経曰 気乗風則散 界水則止 古人聚之使不散 行之使有止 故謂之風水』という、郭璞に依るとされます風水の定義は、日本語訳したときに正しい意味として解釈できるか、というと難しい問題を含んでいるそうです。
そもそも『気』は風に乗じるようなものではありません。し、水に遇って止まるわけでもありません。また、『経曰』『故謂』の文字から、郭璞とされます『葬経』の編者が風水という言葉を作ったわけではなく、以前から人口に膾炙していた『風水』という言葉を、何らかの権威ある書物からの引用によって、その語源に関するひとつの説を提示しているものであり、郭璞とされます『葬経』の編者も断定はしていないのです。
ただし、風水に関する典籍には、『葬書』と同じく古い歴史を持つ『狐首經』『青?經』『青烏經』など、もっと多くの書物があり、異なる定義もあります。
また、風水という言葉と風水の発展形態を考えるならば、風水史において『葬書』『青?經』『青烏經』が歴史的な価値があり、後世の風水書において引用され続けたのは周知の事実です。
台湾出身の漢学者にして『中國堪輿名人小傳記』(鐘義明著/台湾)に列せられる風水師でもある張明澄によれば、風水という言葉は『周易』の『水風井卦』が語源だという(張明澄著『周易の真実』1998年) 易について学んだことが無い人々は文字の順序が逆ではありません。かと思うかも知れませんが、易卦は、下から順に『初爻』『二爻』『三爻』と立卦するもので、先に『風』(内卦)があって後に『水』(外卦)というのが本来の順序です。
『井』とはそのまま井戸のことであり、空気と水が良い、井戸を掘る場所、つまり人が住む場所を決めるための技術が『風水』だったという考察です。
風水の理論構成は、巒頭と理気の別を問わず、易卦理論が基礎にあり、風水という言葉の起源もまた『周易』にあるのも至当というべきで、何ら疑う余地のありません。ところです。
なお、現代の中国人社会では、風水はもっぱら墓相や墓そのものの意味に使われることが多い為、実際に風水の効果が出るのは子孫の代になってから、という認識があるのかも知れませんが、郭璞の『葬書』によるイメージが根強いためとも考えられます。